C-3.六角宝幡形経筒 
 
 

 

 
 煤を取り除けば鍍金が残存しています。

 
 蓋の裏など煤の付着していない部分に鍍金が残存しています。
 
 
 色調反転画像:正面に毛彫りされた如来は施無畏与願印の釈迦如来のようです。如来の左右の面に銘文が刻まれています。

 

 色調反転画像:如来の右面下部「淡州之住・・・」の文字が読み取れます。青く見える部分は鍍金の残存部分。

 

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サイズ 高さ143o

 金銅鍛造、室町時代後期

 室町時代の後期の流行した六十六部廻国納経の六角型経筒です。
 六十六部廻国納経法華経を書写し廻国行者に託し全国六十六カ国の霊場に奉納、埋納したもので、その流行は鎌倉時代に始まり室町時代に隆盛を極めたと言われます。
 廻国納経の経筒は全国で400余りが発見されたと言われますが、その中で六角宝幡形の経筒は30とも40とも言われ、極めて少ないことが知られます。
 六角の六十六部廻国納経経筒の中では最も華美な品で、元来は全体に鍍金が施され瓔珞が下がっていました。
 同型の経筒の文様や銘文の共通項があり、正面に如来の毛彫り、右に十羅刹女と行者または奉納者の名、左に日付が刻まれています。(反転画像をご参照ください)
 
 各部の意匠は屋根状の蓋に宝珠を頂き、牡丹唐草文、筒本体下部に縦線、台座部に蓮の葉脈が毛彫されています。
 作りは銅板の鍛造で行者が笈で持ち運ぶことを前提に作られたため小型軽量に出来ていますが、子細に見ますと各部は精緻に作られていることが解ります。
 台座部に釘を打付けてとめた痕が残ることや、材質の劣化が少ないことから霊場の堂内や祠に奉納したものと思われます。
 瓔珞と中身の経は失われていますが、破損個所は皆無と言ってよく、およそ500数十年が経過した品と考えれば上々のコンディションです。
 (地中に埋納したものは素材自体が劣化しています。)

 銘文は表面に香の燻煙や燈明の煤が付着して読みにくくなっていますが、およそ次のように書かれています。
 尚、煤を取り除けば全文が判読できる事と思います。
 
 正面 如来像 奉納経王一十?・・・・
 右側 十羅刹女・・・淡州之住・・・
 左側 三十番神 當年今月吉・・
 ※経王一十とは法華経開結あわせて十巻の意か?三十番神は法華経の守護神
 年月日を正確に記した例は少なく、納経の日にちが予め特定出来ないため「當年今月吉日」と幅が持たせてあるようです。

発見場所等の情報はありません。
当納経の企画、発案者が統一規格で経筒を作り、結縁、奉納者を募り、銘文のみ個々の要望にあわせて刻字したものと考えます。
末法思想とはまったく別の思想で作られた経筒で、中世末期独特の混沌とした世相や信仰をあらわす資料です。